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内田篤人の今現在は?引退はいつで理由もまとめ!現役時代の功績も

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日本代表の右サイドといえば、長年内田篤人さんが君臨していました。

高校卒業後、Jリーグの鹿島アントラーズに入団し1年目から頭角を現した”天才”です。

ドイツのシャルケ04でもレギュラーを張りつづけ、ワールドカップでも活躍していましたね。

日本に帰ってきた後は、鹿島アントラーズに所属していましたが、現在は引退をしています。

クレバーな印象が強い内田篤人さんですが、顔もとてもイケメンでとても人気がありましたよね。

今回は、そんな内田篤人さんがいつ引退したのか?いつ引退したのか?現役時代の実績などを紹介したいと思います。

<この記事でわかること>

  • 引退理由と引退したのはいつだった?
  • 輝かしい功績
  • 今現在は何してる?

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内田篤人の引退理由と引退したのはいつだった?

内田篤人さんが、現役最後に所属していたチームはJリーグの鹿島アントラーズですが、引退理由といつ引退したのか調べてみました。

2020年8月31日鹿島アントラーズとの契約衆力

Jリーグの第12節のガンバ大阪戦後に引退セレモニーが行われました。

「鹿島アントラーズというチームは数多くのタイトルを獲った裏で、多くの先輩方が選手生命を削りながら、勝つために日々努力をしてきた姿を僕は見てきました。僕はその姿を今の後輩に見せることができない、日々練習していく中で、身体が戻らないことを実感し、このような気持ちを抱えながら鹿島でプレーすることは違うんじゃないかと、サッカー選手として終わったんだなと、考えるようになりました」
引用元:Sooccer King

内田篤人さん32歳という、現在のサッカー界で活躍するプレーヤーにしては比較的若い年齢での引退だと思います。

もちろん平均引退年齢を考えると長きに渡り活躍したプレーヤーですよね。

引退後に、テレビ番組の「徹子の部屋」に出演した時は、「ちょっと早かったと思います。年齢的にやれたかな」と話していました。

最終的に引退を決めた理由は、「右ひざをけがして手術をして、その間のリハビリ期間というか、チームを戻るまでの期間がすごく長引いたので、1年半ぐらいプレーできなかったので、それが最終的に引退につながったかなと思います」と振り返っていました。

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内田篤人の輝かしい功績

内田篤人さんといえば、鹿島アントラーズという強豪チームにおいて高卒選手として史上初のスタメン出場を果たしていますが、若い時から第一線で活躍している印象ですよね。

所属先

2006年‐2010年 鹿島アントラーズ 124試合 3ゴール

2010年‐2017年 シャルケ04 104試合 1ゴール

2017年     1.FCウニオン・ベルリン 2試合 0ゴール

2018年‐2020年 鹿島アントラーズ 24試合 1ゴール

プロになり所属したチームは、3チームで国内1チームとドイツの2つのチームで活躍しています。

そもそも内田篤人さんが鹿島アントラーズにスカウトされた理由としては、当時鹿島アントラーズの不動の右サイドバックであった元日本代表の名良橋晃さんのバックアップ選手を探していたからです。

名良橋晃さんといえば華麗なオーバーラップが特徴的でしたが、内田篤人さんも足が速く、キックが上手ということで注目され、スカウトされました。

鹿島と言えば有名選手が在籍していて、ディフェンダー陣はベテランが占めている感じでしたが、まだあどけなさが残る内田篤人さんの起用が発表されてときは、驚いた記憶があります。

当時の監督であったパウロ・アウトゥオリはクラブ世界一にも輝いた名将ですが、当時の内田篤人さんについてインタビューに答えています。

「私の求める役割をこなせるか、どうか。その点で、アツトはよくやっている。日本では若いというだけで不安を覚えてしまうようだが、ピッチに送り出すうえで、年齢はさほど重要ではない」

引用元:サッカーダイジェスト

もちろん内田篤人さんの実力であることには間違いないですが、外国人の監督であったことも要因があったのではないでしょうか。

入団後は見事にスタメンを獲得し、順調にキャリアを積んでいます。

2010年にはドイツの名門シャルケ04に移籍すること決まり念願の欧州でプレーすることになりますが、実は他のチームの可能性があったそうです。

DAZN配信番組『やべっちスタジアム』に出演し、矢部浩之さんと対談した際にオファーがあったチームについて話していました。

「ローマとオーストリアのウィーン。僕、海外サッカーを観ないんでシャルケを全然知らなかったんですよ。でも、僕はローマに行くもんだと思ってました。ただ、チャンピオンズ・リーグに出れるのがシャルケだったんで、代理人が選んだんです」

ローマといえば中田英寿さんが全盛期に所属していたチームですよね。

実際にシャルケでは、チャンピオンズリーグに29試合出場し歴代日本人の出場数としては第2位となっています。

1得点2アシストも記録しており、出場した4シーズンはいずれも決勝リーグに進んでいますね。

シャルケ04時代は、タイトルも獲得しています。

DFBポカール

DFLスーパーカップ

日本代表での実績も抜群です。

74試合 2得点

2010年・2014年ワールドカップ出場

日本代表では安定したプレーを見せており、74試合に出場しておりワールドカップには2大会連続でメンバーに選出されていまあす。

ワールドクラスの実力を兼ね揃えていた内田篤人さんですが、一番何が他の選手より優れていたのでしょうか?

その問いに元日本代表で”ミスターレッズ”の福田正博さんがインタビューで語っていました。

SBとしての内田のすばらしさは、まずパスを受けた後にボールを置く場所にあった。相手に対してボールを晒して奪われる危険性を承知のうえで、攻撃的なプレーに移行しやすい場所に置いた。そして、戦況を判断して攻撃参加するタイミングもよかった。これは圧倒的な賢さがあればこそのプレーだった。

引用元:web スポルティーバ

福田正博さんのこの解答について、他の方も同じようなことを答えていました。

内田篤人さんは独特なタッチが心地良い選手でしたよね。

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内田篤人の今現在は何してる?

 

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現在の内田篤人さんは「何をしているのでしょうか?」といっても結構メディアに出ていますので、結構目にすることが多いのではないでしょうか。

試合の解説やバラエティー、CMにも出ていますよね。

実はそれ以外にも肩書がありますので、紹介していきたいと思います。

2020年9月に、日本サッカー協会が新設したロールモデルコーチに就任しており、現在は日本代表の合宿などに帯同し後進の指導をしています。

また2021年には、所属していたシャルケ04のアンバサダーに就任しています。

内田篤人さんはシャルケ04では”ウッシー”の愛称で親しまれており、今でも根強い人気を誇るクラブのレジェンドです。

ちなみに「ウッシー」とは、ルール地方で「ウーズラ」という女性名の短縮形であるそうで、ファンたちが「ウチダ」という名前が覚えられずに、自然とそう呼ばれるようになったそうです。

内田篤人さんは計7シーズンに渡りシャルケ04でプレーをしていますが、現在でも高い人気を誇る理由としては献身的なプレーにあると地元の記者が語っている記事があります。

鹿島アントラーズでもシャルケ04でも、やはり端正なルックスとは正反対な泥臭さを感じるところに、ファンは今でも魅了されるのかもしれませんね。

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まとめ:内田篤人の今現在は?引退はいつ?理由もまとめ

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今回は、元日本代表の内田篤人さんの現在と、現役時代の実績時代について紹介しました。

現在は後進の育成と日本サッカー界の顔として活動されていますが、国内に限らず元所属先のドイツのチームにおいてもアンバサダーに起用されています。

ロールコーチとして日本代表の指導にもあたっていますが、近い将来Jリーグ、もしくはドイツのブンデスリーガでの監督姿が見れるかもしれませんね。

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