福岡ソフトバンクホークスに所属している大関友久選手といえば、先発としても活躍している選手ですよね。
そんな大関友久選手の実家の家族はどのような人たちなのでしょうか?
また、大関友久選手はがんを患っていましたが、治っているのかについても気になるところです。
そこでこの記事では、『大関友久選手の実家・家族構成は4人!両親や兄弟はどんな家族?自身のがんは治った?を調査』と題して、大関友久選手の実家の家族についてや、大関友久選手自身のがんは治ったのかなどについて調査してみました。
- 大関友久選手の実家の家族構成は?
- 大関友久選手の父親はどんな人でエピソードは?
- 大関友久選手の母親はどんな人でエピソードは?
- 大関友久選手のがんは治った?
ぜひ最後までお読みください!
大関友久選手の実家の家族構成は?
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<家族構成>
- 父親
- 母親
- 姉
- 大関友久選手
大関友久選手の実家の家族構成は、父親、母親、姉、大関友久選手の4人家族だと思われます。
インタビューなどで姉に相談したとエピソードトークがあったことから、きょうだいは姉だけであると思われます。
大関友久選手ががんを患ってしまった際、姉に相談したということでいつまでも頼れるお姉さんなのでしょうね。
姉に相談できるということなので、きょうだいの仲は良さそうです。
大関友久選手の出身は茨城県土浦市です。
小学校1年生の時に野球を始め、中学校時代に学校の野球部ではなく硬式野球のクラブチームに所属していました。
高校は茨城県内の強豪校であり、地元の学校である茨城県立土浦湖北高校へ進学し、1年生の秋にはチームのエースとなっています。
怪我に悩まされてしまったこともあり、高校3年生の夏に結果は残せなかったものの、秋にはプロ志望届も提出しています。
当時は指名漏れとなってしまい、仙台大学進学を決めていました。
仙台大学では1年生の春からリーグ戦に出場し、4年間を通して結果を残し続けました。
その結果、大学4年生の秋のドラフト会議にて唯一調査書が届いた福岡ソフトバンクホークスから育成2位指名を受けてプロ入りを果たしています。
順調そうに見えている大関友久選手の野球人生ですが、思うように結果を残せてこなかったのかもしれませんね。
大関友久選手はプロ入り2年目にて支配下登録を勝ち取り、徐々に結果を残すようになっていきました。
プロ入り3年目には開幕ローテーションのメンバーに選ばれ、オールスターにも監督推薦にて出場しています。
どんどんと結果を残し続けている大関友久選手なので、今後の活躍も楽しみですね。
実家は茨城県にあり、所属しているチームは福岡県のチームであることから、家族と会える時間は少ないかと思われますが、きっといつも応援してくれるのでしょう。
家族の支えがあるからこそ、大関友久選手は結果を残しているのでしょうね。
大関友久選手の父親はどんな人でエピソードは?
大関友久選手の父親の情報についてはほとんど出ていませんでした。
しかし、野球好きであったかとは思われます。
大関友久選手はインタビューにて工藤公康さんのことを父親が褒めていたと話していました。
「工藤公康さんは年齢を重ねてもあれだけのパフォーマンスを見せられるのはすごい」と話していたことから、ピッチャーに対する評価をしっかり持った父親なのでしょうね。
父親の影響を受けて野球を始めているのかもしれませんし、父親からのアドバイスなどもあったのかもしれません。
大関友久選手をここまでの選手にしたのは、父親の影響は少なからずあるでしょうね。
大関友久選手の母親はどんな人でエピソードは?
大関友久選手の母親については、名前などは判明しませんでした。
ただ、次の項目でも紹介するように大関友久選手は過去に精巣がんを患ってしまったことがあります。
その際に、「看護師の母親に相談した」と話していたため、大関友久選手の母親は看護師として働いてるのでしょうね。
看護師ということで、大関友久選手が子どもの頃から献身的に支えてきたのではないでしょうか?
病気や怪我などには常に気をつけようという意識のもとで育ってきたのかもしれません。
大関友久選手はセルフチェックがしっかりしていたおかげで、がんの早期発見に至っています。
もしかしたら看護師の母親の影響を受けて、小さい頃からしっかりと身体をケアするクセがついていたのかもしれませんね。
大関友久選手のがんは治った?
大関友久選手のがんは他の部位に転移したことが確認できなかったということもあり、ほぼ治ったと言えるでしょう。
大関友久選手は2022年8月に左精巣がんの疑いがあったことから、2022年8月2日に福岡市内の病院にて左睾丸の高位精巣摘除術を受けています。
手術結果は翌日に球団を通して発表され、無事に終了したとのことでした。
大関友久選手は手術を受ける前日に泌尿器科を受診し、そこで腫瘍が見つかったそうです。
そして、翌日にすぐに福岡市内の別の病院にて検査を受けたところ、悪性の腫瘍の可能性があることがわかったため、当日の夜にすぐに手術を受けています。
術後の検査では、他の部位への転移は確認されていなかったため、大関友久選手のがんはほぼ治ったと言えるでしょう。
自ら左睾丸のしこり、違和感をチームトレーナーに訴え、すぐに病院を受診したことですぐに対応することができていました。
そのため、ある程度のセルフチェックは大事なのだなと思えるエピソードでしたよね。
大関友久選手は自身の体を健康に保つために、しっかりとチェックをしている選手ということが判明しています。
当時の大関友久選手は、先発ローテーションの一角として18試合に登板し、6勝6敗、防御率3.01の成績を残していました。
また、監督推薦にてオールスターにも出演していて、順調なプロ野球選手人生を歩んでいたところでした。
そんな中でのがんの発覚ということで、驚きやショックなどもあったかもしれません。
ただ、すぐに対応したことでがんの転移は見つからず、ほぼ治ったと言える状態になっていることから、無理はしないのがいいですね。
大関友久選手は手術明けから約1ヶ月半にて1軍に昇格していました。
大関友久選手のプロ意識の高さはかっこいいものですよね。
まとめ:大関友久選手の実家・家族構成は4人!両親や兄弟はどんな家族?自身のがんは治った?を調査
大関友久選手の実家の家族にまつわるエピソードはほとんど見つかっておらず、今までインタビューなどでもあまり語られていませんでした。
あまり家族にまつわることは聞かれてこなかったかもしれないため、今後何かのインタビューなどで聞けるといいですね。
大関友久選手は家族の支えが大きくここまで成長した選手とも言えるので、エピソードは聞きたいところですね。
では、今回の記事のまとめです。
- 大関友久選手の実家の家族構成は、父親、母親、姉、大関友久選手の4人であり、実家は茨城県土浦市にある。姉とは関係性もよく、相談し合える仲であった。
- 大関友久選手の父親は詳しい情報が出ていないものの、工藤公康さんのピッチングについて評価をしていることからも、野球についてのアドバイスなどをしてきたと考えられる。
- 大関友久選手の母親についても名前などの詳しい情報はわかっていなかったものの、看護師として働いていることから、大関友久選手のがんが発覚した際にはよく相談に乗っていた。
- 大関友久選手は2022年8月に左精巣がんの疑いがあり手術を受けていて、すぐに手術したこともあり、他の部位に転移はなかったため、がんは治ったと言える。術後1ヶ月半にてプロ野球1軍のマウンドにも復帰している。
大関友久選手はセルフチェックをしっかりとしていたおかげで、左精巣がんの発覚が早く、手術も早く受けることができました。
やはり早めに対応することで防げることは多くあると思うため、無理をせずにチェックしていくことは大事ですね。
今後も大関友久選手の活躍を応援してきましょう!