
54年ぶりのアジア制覇へ向けて、新生日本代表が動き出した男子バスケットボール。
日本代表として初出場を果たし、注目を集めている三遠ネオフェニックスの津屋一球選手。
スリーポイントやディフェンスに定評があり、そのアグレッシブなプレーに魅了されてきたファンも多いと思います!
津屋一球選手について検索すると、「難聴」「デフバスケ」というキーワードが目に留まることがありますが、どのような関係なのか気になる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
この記事でわかること
- 難聴を感じさせない津屋一球選手
- デフバスケとは?
- デフバスケと津屋一球選手
- 津屋一球選手が会社を設立!
それでは、順番に見ていきましょう。
難聴を感じさせない津屋一球選手
学生時代から強豪校でプレーをしてきた津屋一球選手。そのプレーぶりからは想像がつきませんが、生まれつき耳が聞こえにくい「難聴」という症状がありました。
子どもの頃から補聴器をつけ、周りとの違いに「なぜ自分だけ?」と思うこともあったそうですが
今となっては僕の特徴というか、良い意味での一つの武器みたいな感覚で思っているので、今はもうプラスに捉えられていますね
引用:べスポジ
今では自分の個性として受け入れることが出来るようになったそうです。
聴覚障害のバスケで感じる感覚が、Bリーグの試合でも生かされたり、今までの経験がデフバスケでも生かされていることが多いのでしょうね。
現在は耳に収まる小型の補聴器をつけて生活やプレーをしている津屋一球選手は、一見すると他のBリーグのプレーヤーとの違いが見受けられませんが、20歳になる前くらいまでは耳掛け型の補聴器だったため、障害があることが視覚的にも周囲にわかってしまうことでもどかしい思いもしたそうです。
そんな時に自信を持てるようになったのは高校3年生の時に出会ったデフバスケの存在だったといいます。
では、デフバスケとはどのようなスポーツなのでしょうか?
デフバスケとは?
高校3年生まで、デフバスケの存在を知らなかったという津屋一球選手。聴覚障害のあるバスケ選手である津屋一球選手が存在を知らなかったというくらいなので、知っている方はあまり多くなかったかもしれません。
デフバスケはルールは特別なものがあるわけではなく、普通のバスケと同じですが、審判やオフィシャルのブザーの⾳にあわせて⽬⽴つ⾊の旗が振られることが特徴的な違いとなります。車椅子バスケのように障がいの重さによっての出場点数制などもありません。
また、プレーヤーの公平性を保つために、プレー中の補聴器や人工内耳などの装用は禁止されているため、普段補聴器をつけてプレーをしている津屋一球選手にとっては違和感があったのではないでしょうか。
そして、チームメイトと意思疎通をどのようにして取っていくかは、津屋一球選手にとっても難しく感じる点だったようです。
デフバスケと津屋一球選手
デフバスケの世界選手権は、2002年から4年に一度のサイクルで開催されており、津屋一球選手が東海大学2年生の時に開催された、第3回U21デフバスケットボール世界選手権で最優秀選手賞と得点王(総得点 :218点)を受賞し、チームも準優勝という成績を収めたことが、大きな自信に繋がったのではないでしょうか。
出典:X
U21デフバスケットボール世界選手権において、日本代表が準優勝で大会を終えました。
また、本学2年 津屋がMVPを受賞しました。たくさんのご声援、ありがとうございました。#SEAGULLS#デフバスケ#JDBA
— 東海大学男子バスケットボール部 (@TOKAI_SEAGULLS_) July 15, 2018
大学卒業後も、大阪と和歌山を中心に活動しているデフバスケのクラブチーム「誠family」に所属し、練習や試合出場をしてきた津屋一球選手。
第4回 DIBF アジア太平洋クラブカップに出場した誠familyは優勝し、津屋一球選手はMVPを受賞する活躍を見せました。決勝の対戦相手は開催地である3連覇中のメルボルンという中での優勝はよりうれしかったでしょうね。
他にも、認定NPO法人「one-s future(ワンズ・フューチャー)」の理事として、障がい者スポーツの支援活動や児童養護施設の訪問を行うなど、積極的にデフバスケや社会貢献活動に取り組んでいます。
津屋一球選手が会社を設立!
デフバスケの元日本代表監督である上田頼飛さんとともに株式会社puls28(カブシキガイシャ プルスニーハチ)という会社を設立した津屋一球選手。津屋一球選手を知ってもらうためのコンテンツやバスケットボールをより身近に楽しめるためのコンテンツ、枕やマットレスの販売なども行うそうです。
また、オンラインサロン「スーパー津屋戦隊」も開設し、津屋一球選手を応援している方と繋がるコミュニティとなりそうですね!
株式会社puls28を共に設立し、認定NPO法人「one-s future(ワンズ・フューチャー)」の理事長でもある上田頼飛さんと津屋一球選手は、津屋一球選手が高校3年生の時に出会ったそうです。上田頼飛さんはどんな方なのでしょうか?
出典:ニュース和歌山
上田 頼飛(うえだ よりたか)
生年月日:1981年11月21日
出身地:大阪
【出身校】
大阪府立淀川工業高校
日本文理大学/大阪体育大学
バスケットボール選手から指導者に転向。2014年にデフバスケットボール男子日本代表監督に就任し、2015年世界選手権で特別コーチ賞、大阪バスケットボール協会から優秀コーチ賞を授与される一方、真言宗僧侶という顔も持つ多彩な方。
Bリーグ入りを目指す和歌山のバスケチーム「ONELYS wakayama(ワンリーズ和歌山)」の代表取締役、ヘッドコーチとしても活躍しており、ワンリーズ和歌山は近畿SB2リーグで全勝優勝し、2025年2月16日に行われたSB-1入れ替え戦の結果、SB-1昇格を果たしました。
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僧侶の顔も持つヘッドコーチは他に類を見ないのではないかと思ってしまいますよね。
ワンリーズ和歌山の今後の活躍にも期待したいですね!
まとめ:津屋一球選手は難聴を感じさせないBリーグ選手!デフバスケとは?
Bリーグ選手としてだけでなく、社会貢献活動や会社設立、デフバスケなど、幅広い活動をしつつも、日本代表選手に選ばれている津屋一球選手。難聴というハンデを感じさせない活躍ぶりは、色んな方に勇気を与えているのではないでしょうか。
2025年には国際的な「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」デフリンピックが東京で開催されます。日本のメダル獲得に期待がかかる一方、2022年から「日本デフバスケットボール協会」の理事会と代表選手の間で対立が起きており、代表活動が行えていない時期がありました。
2025年2月19日に更新された日本デフバスケットボール協会の公式サイトには、男子日本代表候補強化合宿のお知らせが掲載されており、デフリンピック東京への進展が見られていました。日本代表を支える側、選手側がともに満足のいく方向へ進んでくれることを望みたいですね!