上田綺世選手といえば、大学在学中に開催された2019年のコパ・アメリカで日本代表に選出されました。
当時は、若手の期待枠でしたが順調にキャリアを積み、昨年のベルギーリーグの得点ランキングでは2位に輝きました。
今回は、そんな今絶好調の上田綺世選手の両親や兄弟について調べたいと思います。
(目次)
・家族構成
・両親(父親・母親)
・家族のエピソード
・兄弟はいる?
・まとめ
上田綺世選手はどんな選手?
気になる上田綺世選手の家族についてですが、まずは本人について調べてみました。
(経歴)
生年月日…1998年8月28日(25歳)
身長…182㎝
体重…76㎏
出身…茨城県水戸市
ポジション…フォワード・ミッドフィルダー
現在所属…フェイエノールト(オランダ)
(代表・受賞歴)
2021年 東京オリンピック代表
中学生時代は、地元茨木のプロクラブチーム鹿島アントラーズの下部組織、鹿島アントラーズノルテに在籍していました。
ユース昇格を希望していましたが、身長が170㎝程と体格が劣っているとされ、昇格は叶いませんでした。
本人は、このときの挫折で見返してやるという思いでサッカーを続けたそうです。
鹿島アントラーズの高校生が所属しているユースは1チームしかありませんが、中学生対象のジュニアチームは3チームあります。
・鹿島ジュニアユース
・ノルテジュニアユース
・つくばジュニアユース
ユースは高校サッカーの部活動ではないため、希望すれば入れるわけではありません。
鹿島アントラーズのホームページを見てみると、各ジュニアチームから数名しか昇格できていませんでした。
世界で活躍している有名な選手でも昇格できなかった選手は多くいます。
中村俊輔…横浜マリノスJY→桐光学園→横浜マリノス
本田圭佑…ガンバ大阪JY→星稜高校→名古屋グランパス
鎌田大地…ガンバ大阪JY→東山高校→サガン鳥栖
山根視来…東京ヴェルディJY→ウィザス高校→桐蔭横浜大学→湘南ベルマーレ
ジュニアユース時代にチームの中心で活躍していた選手もいるそうですが、やはり体格などが理由で昇格できないパターンがあるみたいです。
ユースに昇格する方がプロに近づくというイメージがありますが、実はユースからトップチームにあがるのも狭き門のようですね。
一人もトップ昇格者を出さない年もあるそうです。
しかも実力があっても、基本的には他のプロチームからのスカウトがないので、自分と同じポジションが空いてるなどの運も必要です。
ワールドカップに出場経験もある本田選手・鎌田選手・山根選手はジュニアユース時代とは違うチームとプロ契約を結んでいます。
上田綺世選手は鹿島学園に進学しましたが、ここは鹿島アントラーズと提携を結んでいてユースの選手は鹿島学園に通っています。
最初は県外の強豪校を死亡していましたが、ことごとくセレクションに落ちたそうで最終的に声をかけてくれた鹿島学園に決めたそうです。
同じ学校にユースの選手いたなか、負けずに部活に励んでいたのでしょうね。
入学後もなかなか試合に出られなかったそうです。
「上位半分にも入れない。この状況で試合に出られるようになるのか? どうやって上へ行くのか。待っているだけではチャンスは来ないから、チームを観察して、状況を分析し、考えて、次の練習でやってみて、また考えてを繰り返し連続して行うしかないと。すぐには無理でも最終的に3年のときに試合に出られるように、と1年のときから考え続けました」
引用元:Number Web
鹿島学園は全国大会に8回出場し、最高成績はベスト4という成績をおさめている全国屈指の名門校です。
上田綺世選手の代も全国に進んでいます。
高校卒業後は法政大学に進学しますが、1年生ら活躍し在学時に日本代表に選出されました。
その後は見事ジュニアユース時代を過ごした鹿島アントラーズに入団しています。
鹿島アントラーズ
Jリーグ創設時から加盟しているチーム
ホームスタジアム:県立カシマスタジアム
前身:住友金属蹴球団
創設年:1947年
(優勝回数)
J1リーグ…8回
Jリーグカップ…6回
天皇杯…5回
AFCチャンピオンズリーグ…1回
鹿島アントラーズは、Jリーグ創設時からずっと強豪の一角を担っているチームでサッカーの神様ジーコが所属していました。
ジーコ以外にも世界的名選手が在籍していたこともあります。
レオナルド…元ブラジル代表10番
内田篤人…元日本代表
中田浩二…元日本代表
柴崎岳…元日本代表
数名だけ書きましたがまだまだ他にもたくさんいます。
上田綺世選手は鹿島アントラーズで86試合に出場し38得点を挙げ、その後に海外籍を果たしました。
ちなみに現在はオランダのチームでプレーしている上田綺世選手ですが、鹿島アントラーズに入団するため、部は退部していますが法政大学は卒業しています。
上田綺世選手 家族構成
文武両道の上田綺世選手の家族を調べてみました。
・父
・母
・姉
両親(父親・母親)はどんな人?
上田綺世選手の父親の晃(あきら)さんは、社会人チームでプレーをしていたサッカー選手でした。
上田綺世選手がサッカーを始めたのも、父親の晃さんの影響があったみたいで、「幼稚園の時にみた父親がかっこいいと思い始めた」と語っていました。
父親も上田綺世選手と同じフォワードだったようで、目の前でハットトリックを決めたのも見たことがあるそうです。
スポーツができるお父さんは自慢できますよね。
母親母親の名前は残念ながら分かりませんでいたが、上田綺世選手はインタビューで「お母さんのつくるメンチカツが大好物」と答えています。
上田綺世選手は普段からものすごい量を食べるそうですが、母親が美味しい料理をいっぱい作っていたからと想像できますよね。
家族のエピソード
上田綺世選手の父親の晃さんは自身でサッカーをプレーすると同時に上田綺世選手が小学生時代所属していた「吉田ヶ丘サッカースポーツ少年団」の監督を務めていました。
親子で自主練をしていたそうですが、内容はとてもきびしいものだったそうです。
・近い距離から弾丸のボールを息子に蹴り、トラップさせる
・大人用サイズのボールを使い練習する
・クロスを上げて大人と競わせる
技術とフィジカルの両方の特訓を行ったそうです。
テレビでサッカーの試合を見た時も常に親子で議論を交わしていたそうなので、上田綺世選手の考える力は幼いころから養われていたのですね。
インタビューでも親子でサッカーに取り組んでいたと語っていました。
「ヨーロッパの4大リーグはまんべんなく見ていましたね。父親と試行錯誤しながら、とにかく点を獲る方法を考えて考えて身につけたのが小学校の6年間でした。点が獲れるならその方法はなんでもよかった。ミドルでも背後でも、ヘディングでもこぼれ球でも関係なかったですね」
引用元:Number Web
大学もプロになった後もしっかりと通っているので、ご両親が教育熱心だったのかもしれません。
上田綺世選手に兄弟はいる?
上田綺世選手にはお姉さんがいるようですが、詳しいことは公表されていないようです。
もしかしたら結婚などされて家庭を築いているかもしれませんね。
きょうだいについて、何か語られた際には追記していきたいと思います。
まとめ:サッカー上田綺世選手の家族・両親や兄弟はどんな人?父親も元サッカー選手だった!
今回は、日本代表の上田綺世選手について調べましたが、いろいろわかりました。
ではまとめです。
・鹿島のジュニアユース出身。
・大学在学中に日本代表選出。
・家族は両親と姉がいる。
・父親はサッカークラブ監督。
オランダの名門でプレーしている上田綺世選手はまだまだ若いですので次回のワールドカップでもぜひ出場して点を取ってもらいたいです。
応援しています!