「令和の三冠王」と呼ばれ、2023年のWBCの日本代表「侍ジャパン」ではチームを勝利に導いた選手の1人でもある村上宗隆選手。
真っすぐで茶目っ気のある人柄は、両親からたくさんの愛情と教育を注がれてきた賜物ではないでしょうか。
また、村上宗隆選手の強さの秘訣は、やっぱり父親の野球愛から教えあってこそだと思います。
そこで今回は、村上宗隆選手の実家のご家族にスポットを当て、『村上宗隆選手の実家の家族は野球一家!三冠王を育てた父の教えが素晴らしく3兄弟も凄い』をテーマにご紹介していきたいと思います。
1分でサラリと読めますので、ぜひ最後まで目を通してみてくださいね♪
村上宗隆選手のプロフィール
村上宗隆選手の家族構成
母親、文代さん
長男、友幸さん
次男、村上宗隆選手
三男、慶太さん
村上宗隆選手の兄弟は、2歳年上の兄と5歳年下の弟がいる3人兄弟の次男として誕生しました。
そして父も含め、兄弟みんな野球を経験している野球一家なのです。
村上宗隆選手と言えば、日本人離れした高身長で体格が良い事から、『ハーフ』と思われることもあるくらいなのですが、なんと実家のご家族が皆高身長なのです。
父親:公弥さん 180㎝
母親:文代さん 170㎝
兄(長男):友幸さん 193㎝
村上宗隆選手 188㎝
弟(三男):慶太さん 190㎝
かなり大きいと思っていた村上宗隆選手が兄弟の中でいちばん小さかたことに、まず驚きです。
村上宗隆選手が体格に恵まれたのは、まさに父親と母親から、野球に適した素晴らしい遺伝子ををしっかり受け継いだからだったのですね!
村上宗隆選手の父親は不動産会社社長
父親がどんな人なのか、プロフィールをご紹介します。
名前:村上公弥
出身地:熊本県熊本市
生年月日:1973年生まれ
学歴:熊本工大高等学校卒業 現:文徳高等学校
職業:地元不動産会社に10年勤務し、独立。ムラカミ不動産代表取締役社長
熊本東リトルシニアの副会長
熊本市内にある父親の会社のオフィスは、ヤクルトスワローズのグッズでいっぱいなのだとか(*’▽’)。
『三冠王』を育てた父の教え
そんな父親も、もともとは野球少年で、熊本県の中でも野球の強豪校だった熊本工大高等学校でショートを守っていたそうです。
しかし、高校1年生の時に右肩を痛め、野球を諦めざるを得なくなったことから、子供達に野球に触れてほしかったようです。
村上宗隆選手が5歳の時に地域のスポーツクラブ「熊本東リトルシニア」に行ったことがきっかけで、子供達は野球を始めたそうです。
村上宗隆選手は子供の頃から足が速く、サッカーも上手だったので色々な可能性が見えたものの、父親としてはやっぱり自分が野球を辞めてしまったので、野球をやってほしいという思いがあったことから、最初は半ば無理やりやらせたところもあったようです。
その後、「中学生になったら、息子の人生は自分で決めさせよう」という考えがあったことから、本人に任せたようです。
ただ、「やるからには努力を怠るな」と言うスタンスで「10本でもいいから自分が納得するまで振りなさい」と伝えていたといいます。
その言葉をうけ、村上宗隆選手は、庭で毎日素振りをし、リビングや自分の部屋にもバッドを置いて、常に構えの確認やスイングの軌道をチェックしたりと、自ら取り組んでいたとのことです。
「銅メンタル」や「鬼メンタル」と称される村上宗隆選手ですが、自身はメンタルが弱いと言っていました。
自分のメンタルが強いと思っている人はあまりいないので、村上宗隆選手をよく知る監督らの意見を見てみると、みなさん村上選手について「メンタルがしっかりしている」と口をそろえて言っていました。
「しっかりしていますね。高ぶる場面でもルーティンを守り、表情に出さず、自分をコントロールできている。昔から変わらない」
村上宗隆選手の調子が悪い時も、復活できるのは、『調子がよかろうが悪かろうが、ルーティンを変えないこと』が秘訣のようです。
「(プレッシャーに苦しめられても)気分転換はしません。試合が終われば、ご飯を食べて(試合の)振り返りをして寝るだけ。野球で悔しい思いをしたら、野球でしか取り返せないと思うので」
どんなに結果が悪かろうが、毎日のルーティンのリズムを崩さず、決して野球から逃げないのが村上宗隆選手なりのメンタルの強さにつながっているという事ですね!
このように『自発性と努力を怠らない』という事が身に着いているのは、子供の頃からの父親の教えあっての事なのだと思います。
愛される人柄を育てた父の教え
子供の頃から父親が重きを置いた教育は、『挨拶やマナー』だそうです。
マナーについて厳しかった理由については、どうやら父親の生い立ちが影響しているようです。
私の父が警察官でマナーに厳しかった。食事はちゃぶ台を囲んで父が上座に座り、正座して食べた。箸の持ち方に始まり、ご飯は一粒残さず食べるのは当たり前。次男のムネ(宗隆)たち3兄弟を育てるにあたり、礼儀作法がしっかりできる人間になって欲しいと思い、彼らが小学生のころまでは口酸っぱく言ってきた。時には手を上げたこともあります。
引用元:日刊ゲンダイ
村上宗隆選手が小学生の時に返事が小さかった時は、このように言ったそうです。
「そんな小さい声で人に伝わると思っているのか。伝わって初めて返事なんだ」
引用元:日刊ゲンダイ
村上宗隆選手が巨漢のホームランバッターでありながら、謙虚で愛くるしい人柄で多くのファンから愛されているのは、基本となる挨拶とマナーが染みついた、教育の賜物だったのですね。
村上宗隆選手の母親はサポーター
体育会系で教育が厳しめな父親の分、母親は、優しく献身的にサポートをしてくれたそうです。
そして、母親はバレーボールの経験者でアスリートだったのだとか。
また、母親は書道の先生でもあることから、村上宗隆選手が高校三年生の時に、書展で入賞もしているというから凄いですね。
プロ入りしてからも、書道でその時々の心境や抱負をしたためていました。
どおりで字が綺麗なわけですね。
そしてなんといっても村上宗隆選手の強さの秘訣のもう1つは、母の美味しい手料理をたくさん食べて育ったことにもあるようです。
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村上宗隆選手のInstagramでは、母親の手料理の餃子を頬張る村上宗隆選手の姿がこれまた愛くるしいです。
本当においしそうに食べますね(笑)
「母ちゃんのうまいメシば食って大きく育てたかったんですよ!」
※文春オンライン出典
父親からも母親の作る料理は、「上手いメシ」とお墨付きです。
村上宗隆選手と両親のエピソードが素敵
2021年の母親の誕生日にもホームランを打ち「誕生日おめでとう」とメッセージを添えたボールを、母へプレゼントした村上選手。
母親にとって、何よりもうれしいプレゼントになったことでしょう。
そして村上宗隆選手は毎年年末に両親へ何かプレゼントを買ってきてくれるそうです。
ある年は、ハワイ旅行をプレゼントしてくれたそうです。
親孝行のレベルが凄すぎです。
両親は、村上宗隆選手が出場する試合は毎回必ず、身を清めてから見ているそうです。
試合前にシャワーを浴びて、嫁さんは家の掃除をして、清めてからテレビで一緒に見ます。特に日の丸を背負って戦う試合は変な汗が出る。試合後にもう一度シャワーを浴びないといけないくらい。
※毎日新聞出典。
オリンピックやWBCの時も、夫婦二人で地元、熊本城内にある加藤神社に2人で息子の必勝祈願をしたそうです。
ちなみに加藤神社は、加藤清正公を祭った神社で、「加藤=勝とう」で勝ち運の神様だそうですよ。
これを知った、ファイターの方はこぞって参拝へ訪れそうですね。
村上宗隆選手の兄
名前:村上友幸(むらかみ・ともゆき)
出身地:熊本県熊本市
生年月日:1998年3月21日
学歴:東海大学付属熊本星翔高等学校 東海大
身長/体重:193㎝・89キロ
投打:右投右打
ポジション:投手
大学時代は東海大学の投手だった2歳年上の兄・村上友幸さんも、当時から最速148キロの速球を投げる速球派右腕として注目されてきました。
しかし大学ではケガもあり、思うようなピッチングもできず、さらに弟の村上宗隆選手と比べられるのが辛かったそうです。
「もう弟と比べられるのがしんどかったですね。取材があれば、弟、弟。投げていても弟だったんです。だから監督さんに4年春が終わった後に野球を辞めますと話したんです」
※高校野球ドットコム 出典。
すると、当時の監督から『もったいないから辞めるな。進路は俺が何とかするから、続けろ』といわれたことから頑張ろうと、大学を卒業後は、社会人野球テイ・エステック(埼玉県行田市)にて、投手として励んできました。
しかし、2022年で引退を発表、19年間続けてきた野球人生に幕を閉じたようです。
今シーズンで野球をやめることにしました!
自分の力だけではここまで野球を続けてこれなかったです。
周りの人達に本当にお世話になった野球人生でした!感謝しかないです!
19年間野球ありがとう!! pic.twitter.com/ipBLqyUNls— 村上友幸 (@tu_mt0321) October 31, 2022
人は誰かと比較される事が、とてもつらいことなんですよね。
ましてや弟さんとの比較は、とてもきつかったと思います。
兄のTwitterを見ていると、本当に野球が大好きでたまらなく、また、弟を誇りに思っている事がとても伝わってくるのです。
おめでとうございます!!!!!😭😭 https://t.co/S3stC3WMbv
— 村上友幸 (@tu_mt0321) March 22, 2023
野球を引退してからは、より素直な気持ちで弟を応援できるのではないでしょうか。
村上宗隆選手の弟
名前:村上慶太(むらかみ・けいた)
出身地:熊本県熊本市
生年月日:2004年11月11日
学歴:日本大学
身長/体重:190㎝・94㎏
投打:右投左打
村上宗隆選手の弟さんは2歳年下の慶太さんです。
2人の兄と同じく、熊本東リトルシニアを経て、2023年4月からはスポーツ推薦で日本大学へ進学されました。
高校時代は、九州学院高校で、2022年夏の甲子園にも出場し、ベスト8入りと言う記録を残しました。
しかし、2022年10月のドラフト会議で指名漏れになってしまい、その後、日大のスポーツ推薦で日大へ進む選択をされたようです。
日大では、千葉県習志野市の野球部寮に入り、兄の三冠バットを譲り受け、4年後にプロになることを目標に日々練習に邁進しているそうです。
兄から言われた『練習したやつが勝つ』と言う言葉を心に刻んで、今日もバットを振り続けていることでしょう。
絶対プロになれると信じています。
将来は、ぜひ兄を超えるくらいの選手になってほしいですね。
村上宗隆選手の実家の家族は野球一家!三冠王を育てた父の教えが素晴らしく3兄弟も凄い まとめ
今回は村上宗隆選手の家族についてご紹介しました。
今回のまとめです。
- 村上宗隆選手野家族構成は父・母・兄・本人・弟の5人家族
- 父は不動産会社社長で、体育会系な教育により、村上選手の強いメンタルと愛されるキャラクターを育てた。
- 母は料理上手で、献身的サポートをしてくれた。
- 兄は、弟のプレッシャーを感じながらも、好きな野球に打ち込み、2022年社会人野球を引退
- 弟は、大学卒業後のプロ野球選手を目指し、日々練習に励んでいる。
父親と母親の素晴らしい遺伝子を持って生まれ、さらに努力を惜しまない村上宗隆選手は、唯一無二な強さを持ちました。
これからの活躍もさらに楽しみですね!
今後も、アスリートヘッドライン24は、村上宗隆選手を応援しています。
と言う事で、今回は最後までお読みいただきましてありがとうございました。