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大谷翔平選手の高校時代の甲子園やノートが1分でわかる詳細解説!

出典:画像numberウェブ

 

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今回は、大谷翔平選手が大好きな皆さんのために、高校時代の甲子園やノートが1分でわかる詳細を解説します!

サクッと読めて、すぐに大谷翔平選手の高校時代が網羅できると思います。

ぜひ最後まで読んでみてくださいね♪

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大谷翔平選手と花巻東高校時代

出典:画像sportiva

大谷翔平選手の現在の活躍は、日々の報道やネットで、世界中の誰もがご存知でしょう。

言い換えれば、このような活躍をどの時点で、予測が出来たでしょうか。

それでは、大谷翔平選手の高校時代について、簡潔にポイントを解説させていただきたいと思います。

岩手県の名門 花巻東高校とは

大谷翔平選手は、岩手県の水沢市(現奥州市)の出身です。

水沢市は岩手県の中心部あたりに位置し、国道4号線、東北自動車道と交通の便利が良い地域です。

岩手県内にある野球の強豪校といえば、2000年前後ですと、専修大学北上高校や、盛岡大附属高校、盛岡中央高校、一関学院が全国でも有名でした。

専修大学北上高校からは、ヤクルトへ畠山選手、盛岡中央高校からは、楽天へ銀次選手が入団していますね。

そんな中、岩手県内では、強豪校として名を残していた、『花巻東高校』が全国的に有名になったのは、菊池雄星選手の活躍です。

甲子園で、躍動感あふれる投球、伸びのあるストレートは素晴らしいものがあり、今でもその光景が脳裏に甦ります。

その活躍により、『花巻東高校』は全国的に名の知れる野球の強豪校として認識されるようになりました。

そんな菊池雄星選手を見て、大谷翔平選手は、花巻東高校に進学することに決めたそうです。

菊池選手も大谷翔平選手も、共に、地元岩手県出身です。

2人ともメジャーリーガーになるわけですが、どちらも地元の高校に進学されたのは、私にとっては、意外でした。

野球をする上で、県をまたいで強豪校に進学するのが、ある程度当たり前との認識がある中で、地元の高校に進学し結果を出すと言うことは、本当に素晴らしいと思います。

話はそれますが、私は、初め花巻東高校は、公立高校かと思っていました。

実際は、花巻東高校は私立の高校です。

余談ですが私の大学時代、山形の新庄東高校から後輩が入学した際、同じように公立高校かなと思ったことがありました。

この後輩は、後にヤクルトスワローズに入団します。(選手名については、あなたの想像にお任せしますね。)

大谷翔平選手の高校時代の話題に続きます。

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高校時代に書いていた大谷翔平ノートとは

大谷翔平選手は高校時代に、目標達成のためノートに課題を記していたことは、有名なお話ですよね。

これは、9×9マスで目標達成記すマンダラチャートの事で、大谷翔平選手は目標達成のために、マンダラチャーに記載した課題を取り組むため、日々努力をしていたそうです。

このシートの真ん中には、『8球団からのドラフト1位指名』と書かれていたのは有名なお話ですね。

当時は寮生活でしたので、高校の3年間は野球漬けの日々を送っていたと思います。

ただ、大谷翔平選手の凄さは、高校時代から、自ら考えて目標達成の為の自己分析を行なっていた事です。

それをもとに努力して、結果を出すことが高校時代からできていた事は、ほんとうに素晴らしいですよね。

一般論ですが、高校時代は管理野球と言われ、監督の指示で練習をする事が当たり前だと言われています。

そんな中で、このような指導を行う佐々木監督もまた、素晴らしい監督さんだと思いませんか。

なお、大谷翔平選手のマンダラチャートについては、営業の専門家の先生のサイト、「ミリオンセールスアカデミー」でも目標設定のやり方で、大谷翔平選手のチャートの実際の画像も掲載して紹介されていたので、まだ見たことがないという人は、参考にされても良いかと思います。

ビジネスの専門家も目を見張る大谷翔平のマンダラチャート、あなたも活用してみてはいかがでしょうか。

<マンダラート・目標達成シートの使い方>

①縦9個、横9個、合計81個のマスを作る。

②中央マスに目標を設定する。

③周囲には「目標達成の手段」を書き込んでいく。

④外側のマスの中央には、一番中心の手段と同じ内容を書き込み、再びその目標達成のためにやるべき手段を書いていく。

出典:ミリオンセールスアカデミーHPより

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大谷翔平選手の高校時代の実績

大谷翔平選手は、高校1年生の春から『4番打者』として活躍していました。

この時は、野手としてプレーしていたため、まだピッチャーではありませんでした。

身体の成長を考え、佐々木監督はまだ、投手大谷をスタートさせていません。

そして高校1年生の秋から、本格的にピッチャーとして、試合に出るようになりました。

この時の球速は、147kmぐらいでした。
凄すぎですね。

そして大谷翔平選手は、高校3年間のうち、2回ほど甲子園に出場しています。

具体的には、高校2年夏の選手権大会と3年の春の選抜大会に出場しているのですが、意外にも、3年夏の選手権大会には、出場していなかったのですね。

その理由は、大谷翔平選手の高校2年の夏以降は、故障に苦しんだことが挙げられます。

股関節の骨端線を損傷し、本来の投球ができなくなって待ったことから、2年の夏と3年の春の甲子園は、初戦敗退しています。

この結果は不完全燃焼で、とても残念なことに思えるのですが、大谷翔平選手にとっては良かったともいわれています。

何故よかったのかというと・・・

今でこそ、筋肉がすごくて野球に適した恵まれた体格の持ち主ですが、高校入学したばかりの事は、身長が190㎝近くあったのに対し、体重は、なんと60㎏台だったのはご存じでしょうか。

はっきり言ってガリガリでした。

それが、高校2年の夏以降のけがで走れなくなり、大谷選手はその間、ご飯をたくさん食べて、睡眠をしっかりとったことから、冬の間に一気に20㎏ほど増えたといいます。

出典:画像バースデイ

さらに、走れないけど打てるので、高校時代の佐々木洋監督は、打つ練習をたくさんさせていたこともよかったようです。

「打つのは痛くないというので打たせていたら、バッティングもよくなって。大谷が160キロを投げられたのも、バッティングのコアができたのも、ケガしたからだと思います」
出典:週プレニュース

こうして、高校3年時に球速160kmを記録した大谷選手。

球速160kmを記録したことで全国でも名前が知られ、3年春の選抜大会では、藤浪投手擁する『大阪桐蔭高校』と対戦しました。

残念ながら試合では負けてしまいましたが、藤浪投手から、ライトにホームランを打っています。

当時、私はこの試合をテレビで見ていましたが、凄い打球でしたよ。

この試合後、「今度は夏の甲子園で2人の対戦が見たい」と強く思ったことを思い出します。

その機会は、訪れる事はありませんでしたが、当時の大谷翔平選手、藤浪選手の話題はその年のドラフト会議まで、全国的にに注目されていましたね。

大谷翔平選手は北海道日本ハム、藤浪選手は阪神タイガースと、比較的出身地に近い球団に、入団することになったわけです。

大谷翔平高校成績(甲子園)
甲子園出場歴:2回(11年夏、12年春)
投手
投球回数:14回
防御率:3.77
奪三振:16
防御率:3.77

打者
出場:2試合
打率:.333
本塁打:1本

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大谷翔平選手の高校時代の学校の成績は?

最後に、野球以外の高校時代の大谷翔平選手についてご紹介します。

大谷翔平選手の高校3年生の時の、担任の先生がテレビのインタビューで教えてくれたことですが、高校時代の大谷翔平選手は、あまり目立つタイプではなく、教室のベランダ側の1番後ろの席を選んで座っていたそうです。

出典:ミスターサンデー

これは身体が大きいことから、自分の背中で後ろの生徒が、黒板が見えなくなってしまうというやさしさなのでしょう。

また、当時から愛読書はビジネス書で、司馬遼太郎さんの本だったり、成功する秘訣などの本を読んでいたというから驚きですね。

野球ができるには、野球だけ邁進していればよいのかと思っている人もいらっしゃるかもしれませんが、大谷翔平選手程のように大物になるには、やっぱり思考から鍛えることが秘訣なのでしょうね。

さらに気になる学校のクラスでの成績は、先生曰く「片手ですね。3~5位には入っていた」とのこと。

大谷翔平選手の今の栄光は、まさに高校時代初め学生時代からにしっかりと土台を培った賜物なのでしょう。

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まとめ:大谷翔平選手の高校時代の甲子園やノートが1分でわかる詳細解説!

今回は、大谷翔平選手の高校時代についてお話させていただきましたが、プロの世界に入る前から、かなり世間を騒がせていたことがわかりますね。

高校時代、甲子園での活躍は比較的少ないですが、やはり球速160kmは、当時かなりのインパクトがありました。

それと、同校OBの菊池雄星投手の存在と、ライバル藤浪投手の存在もあって、大谷翔平選手は、高校時代から注目をされていました。

高校時代は、二刀流という言葉は使用されず、エースで4番は、高校野球では当たり前でした。

それが、日本のプロ野球、メジャーリーグで二足のわらじ、すなわち、二刀流を実践し結果を出した大谷選手は、世界最高峰の選手と言えるでしょう。

今年のホームラン王争いも佳境に入り、ますます目が離せませんね。

肘の怪我も気になりますが、期待も大きいだけに、なんとかタイトルをいただいてほしいところですね。

二刀流の誕生についてはまた別の記事でご紹介していますので、気になった方は、合わせて読んでみてくださいね。

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